The Castle of Mist By WO-man A historical fantasy about female Ninjas. (Japanese) 未成年がこのページを読むことを禁止します。 夕霧城物語 織田の家の統領は戦好きで知られる信秀だった。信秀の代になってからというもの、 織田は近隣の土豪を軒並みなぎ倒し、尾張の国には信秀に逆らうものはいないまでにな っていた。もっとも近隣の諸国でも、美濃の斎藤、駿河の今川といった勢力が台頭し、 織田氏もこれらに対抗するため、武力を一層充実させる必要に迫られていた。 ある日のこと、重臣たちの寄り合いで、兵法のことが話にのぼった。熊蝉がしゃあしゃ あと鳴く夏の盛りのことである。柴田、丹羽といった大物は褌一枚で大あぐらをかき、 他の連中は若干遠慮して何やら衣服らしきものをまとっている。皆一様に目つきが悪い。 中でも一番凶悪そうなのが、今盛んにわめき散らしている若い男、柴田勝家である。 「大体がだな、畳の上にすわっておって戦も糞もあるかや。戦のことをああだこうだ言 うぐらいのことは飯炊き女でもできるだわ。戦に備える方法いうのは、戦に出て肝の冷 える思いして、金玉鍛えることしかないだわ。」 侍どもの半分は、この馬鹿がという顔で聞いていたが、金玉云々の説になると全員思 わず爆笑してしまった。柴田はあまり頭の回転のよい男ではなかったが、戦での度胸は 家中にあまねく知られていた。金玉云々はいかにもこの男の言いそうなことであったし、 また、馬鹿の柴田が一徹に金玉を鍛えているという様子を想像すると、そこには何か妙 に滑稽なものが感じられたからである。一同大笑いした後、ではまあこのへんで終わり だなという空気が流れ、何人かの侍が左右を見渡して立ち上がる機会を見計らっていた ところへ、家中の知恵袋として知られた石田景親が口を開いた。 「わしは常々思っておったのだが、戦は夜に限る。」 柴田の話をまるで無視した発言であったので、皆一瞬石田が何を言っているのかよく わからず、あっけにとられているところへ急に主君の信秀が広間へ入ってきた。褌一枚 の重臣たちが急いで羽織だけ身につけているところへ、石田が続けて口を開いた。 「織田の家は今ではずいぶんと大きくなったが、斎藤今川に比べればまだ小さい。織田 が三千の兵を出す所に、今川は二万の兵で来る。まともに戦っては勝ち目がない。だか ら夜襲でいくのだ。敵が寝ておるうちに攻めかければ、十倍の敵に対しても勝ち目はあ る。」 柴田が真っ先に反論した。 「それは卑怯ではないか。」 柴田は信秀の方を見たが、信秀は一言も発せず、石田と柴田を交互に眺めている。侍 たちの多くは柴田に賛同する気配を見せ、柴田の方を向いて盛んにうなずいている。 「もちろん卑怯だ。しかし、お主にいかに度胸があろうと、十倍の敵をどうして破れる。」 柴田は言葉に詰まった。もはや金玉の説を持ち出してうやむやにできるような雰囲気 ではない。 「勝てなんだら、死ぬまでのことだわ。戦で死ねるなら本望のことではないか。」 「お主一人はそれでもよかろう。しかし、織田家が滅びたらどうするのだ。」 侍たちは恐る恐る信秀の方を見たが、信秀は相変わらず無表情に石田と柴田の方を見て いる。 「卑怯で生き延びた方が、正直で滅びるよりよかろう。是非のことを論ずる資格がある のは、強い側に限るのだ。」 ここに至って信秀は大きくうなずき、始めて口を開いた。 「よかろう。しかし、大掛かりに夜襲をやるとなれば、そのための稽古も積まねばなる まい。」 「さよう。闇夜に隠れて敵陣に忍び込み、見張りを斬り、火を放ち、敵の大将の首を取 って帰ってくるのが役目でござる。生半可な稽古では済みますまい。家中の子弟から二 百人ばかりを選び、五年から十年の訓練を重ねる必要がござろう。」 「要するに盗賊をやれということだな。」 「忍者と申した方が人聞きがよろしかろう。」 信秀はうなずき、「では、やれ」と言って席を立った。 家中に触れが出され、忍者隊の志願者が募られた。人員は二百人、年齢は十歳未満で ある。もちろん志願とはいっても十歳に満たぬ子供に志願の意志などあろうはずもない。 実際には親の意志で子供を供出せよという意味である。しかし、一ヶ月の後に応募者は まだ五十人、その後百姓の子や孤児などを加えてやっと百人になったが、二百人という 数にはとても達しない。忍者隊は影の部隊であるため、名誉を重んずる侍たちは子弟を 供出するのを避けたのである。 秋口の重臣会議で、柴田は上機嫌で広間に現れた。信秀は最初から臨席しており、柴 田も今日はさすがに褌一枚ではない。 「集まらんな。」 忍者隊の志願者のことである。 「わしは始めからこういうことだと思っておっただ。盗賊部隊なんぞに、誰が自分の息 子を出そうと思うか。ええ加減のところで、やめにせんか。」 石田はさして動ずる気配もない。ややあって言った。 「女を集めればよろしかろう。」 「ん。」 「女を集めればよろしかろう。」 「女。女とは、女のことか。」 「さよう。」 「女を集めて、どうするのだ。」 「忍者にするのだ。」 柴田は爆笑した。 「石田。女には金玉がないぞ。金玉のない者に戦ができるか。」 一同柴田につられて笑ったが、その笑いの中には石田に対する嘲笑も混じっていた。 「女に斬り合いをさせるつもりはござらん。斬り合いのほかにも、火を放つもの、矢を 射るもの、鉄菱を撒くものなど、夜襲には色々な仕事がござる。そういった仕事は女忍 者にやらせればよかろう。」 「女どもに、そんなことができると思うのか。」 「できなければ今の百人で十分。夜襲で騒がせ、敵を一晩眠らせぬだけでも大きな効用 でござる。敵陣の周りに馬を走らせるだけでもよいのだ。それぐらいのことなら女にも できよう。」 その後尾張の国中から敏捷な少女たちが百人徴集され、忍者隊は少年百人、少女百人 で発足した。大将は石田景親である。この他に、信秀の妹ゆめが少女たちの後見役とな った。 ゆめは信秀の妹だけあって気性が激しく、乗馬と狩猟を好み、男勝りで知られていた。 齢二十二。幼いころは兄の信秀について戦に出たいとせがみ、信秀の父を困惑させてい たが、今では日々を鷹狩に費やしている。今回の忍者隊の件を聞きつけると、自分から 少女たちの後見を買って出たのだった。 少年少女たちの訓練は激烈を極めた。刀槍の術はもとより、乗馬、組み打ち、山中の 走破、暗闇での行動などの訓練が毎日昼頃から丑の刻まで行われた。 一、二ヶ月するうちに、少女たちの運動能力が少年たちの能力にまったく劣っていな いばかりか、むしろいくつかの点では少年たちを凌いでいることが明らかになった。清 洲の城から野間の海岸までの走破訓練を行った時のことである。少年少女たちは早暁清 洲を出発し、熱田の社までは少年たちも遅れずについてきたが、海沿いの道に入って次 第に遅れはじめた。夕刻、野間の海岸で待つ石田のもとには少女たちが順次到着したが、 少年たちはいつまで経っても到着しない。少女たちの半数が到着したころになってやっ と最初の少年が到着した。少年たちのほぼ半数は結局野間にたどり着けず、道端に倒れ ている所を回収され、清洲に連れ戻された。少女たちは全員野間に集合し、明くる日は また清洲に駈け戻ったが、少年たちのうち、清洲までたどり着けたのはわずかに十人ほ どにすぎなかった。 少年たちはいずれも数年間の剣術の稽古を積んでいたため、最初のうちはさすがに少 女たちに負けるようなことはなかった。しかし、少女たちが基本動作を習得したころに は、すこしづつ少年が少女に打ち込まれる場面が見えるようになった。石田はそのよう な場面を目にするたびに少年たちを厳しく叱責したが、半年ほどのうちに少女たちの剣 術は少年たちと全く互角になった。 一年が経った。忍者隊の訓練は以前と変わりなく厳しく続けられたが、石田らはある 緩やかな、しかしはっきりとした変化に気づきはじめていた。 その日の正午に石田が剣術場に入った時には、稽古はすでに始まっており、少年少女 たちは竹刀で激しく打ち合っていた。石田の目の前では、龍という図抜けて大柄な少女 が少年たちの頭目格の新之丞という者と打ち合っていた。龍は十一歳のはずだが、すで に六尺の上背がある。家中の大人たちに混じってさえ、目立って大きかった。新之丞は 十一歳の少年としては大柄であったが、それでも龍とは頭一つ分の差がある。先ほどか ら新之丞は徹底的に叩きのめされていた。面が入り、小手が入り、また面が入り、胴が 入る。新之丞は龍に一本も打ち込めず、竹刀を振り上げてよろよろよろめきながら打た れ続けている。続けて胴が入った時、新之丞はついに意識を失って枯れ木のように倒れ た。龍は新之丞を剣術場の玄関の外まで引きずっていき、井戸の水を汲んで新之丞の頭 から浴びせかけた。新之丞が正気づくと、龍はふたたび新之丞の手を引いて道場に入る。 新之丞が泣いているのが、石田の目に入った。 まったく何ということだ、と石田は思った。相手がでかいのはわかるが、女ではない か。女に叩きのめされて、しかも泣き出すとは情けない。 石田景親の心には、ここ数ヶ月というもの奇妙な感情が渦巻いていた。それは最初の うちは漠然とした不安として心の片隅に堆積しはじめ、次第にはっきりとした形をとり つつあった。少年たちが龍に叩きのめされるたびに、その感情は石田の意識の表に現れ てくる。石田はそれを無視しようとしたが、彼がそれを心の奥に押し込めようとすれば するほど、それは彼の心のより深い所に食い込んで行くのだった。彼はそれがいつかは っきりとした言葉で表現される時が来るのを恐れていた。 稽古が終わり、男女に分かれて整列が行われた。石田は目の前の事実をどうしても否 定することができなかった。少年たちの列は、少女たちの列よりも二十人分は短かった のである。彼がそのことを考えないようにして頭を強く振った時、ゆめが道場に入って 来た。ゆめは少年の列が短いのを見て、石田に質問した。 「景親どの、男の子たちはどうしたのですか。二十人ばかりは少ないようではありませ んか。」 石田は憮然として答えた。 「逃げ出したのです。」 「ほう。」と、ゆめは面白そうに身を乗り出した。 「なぜ逃げ出したのです。」 「稽古に耐えられぬようになったのでしょう。」 石田は、ゆめがその先を質問してこないことを祈っていたが、ゆめは石田の心を知っ てか知らずか、無頓着に続けた。 「ではどうして、女の子たちは逃げ出さないのです。」 石田は答えることができなかった。少年少女たちは今面を脱いだ。心なしか、少年た ちの方が疲れているように見える。何人かの少年たちは泣いていた。少女たちのうちに は、泣いているものは一人もなかった。 あの泣いている少年たちは、明日にでも逃げ出すかもしれないな、と、石田は思った。 ゆめは次の組み打ちの稽古にもついて来て、面白そうに眺めていた。 石田はまず、少年たちと少女たちを分けて、男は男同士、女は女同士で組み打ちを行 わせた。午後の日差しが強く照りつけ、地面からはかげろうが立ち上っている。立って いるだけで汗が吹き出してくる。 石田はすぐに、自分の失敗を悟った。少女たちが真剣に闘っているのに比べ、少年た ちの組み打ちは単に組んで歩き回っているだけなのが、あまりにも歴然としていたから である。少女たちの多くが地面に転がり、相手の腕をねじり上げたり首を絞めたりして いる頃になっても、少年たちはまだのろのろと立ったまま組み合っている。石田は耐え 兼ねて、少年たちに真剣に闘うようにと伝えに行こうとした。 その時、ゆめが石田に命じた。 「景親どの、男の子と女の子を組にして、闘わせなさい。」 石田は、できることならそれだけは避けたかった。少年たちの疲労は極限に達してい た。いまそれをすれば、全員少女たちに組み敷かれるだろう。しかし、ゆめの命令には 逆らえなかった。石田は少年と少女を組ませ、闘うように命じた。 石田が恐れていた通りだった。石田の目の前では、虎という小柄な少女が大柄な少年 と闘っていた。少年は最初に二、三発突きを食らい、よろよろとしたところで足をかけ られて倒れた。虎は少年の二の腕をねじり上げ、ひざで少年の首を押さえた。実戦なら すでに殺されている。そのむこうでは先程の新之丞が鷹という少女にのしかかられ、殴 られてまた泣いている。 石田は「やめ」と命じた。少女たちは立ち上がったが、少年たちは立ち上がることが できなかった。少女たちは足元に倒れている少年たちを無表情に見下ろしていた。 その日から、ゆめは毎日やってきて、少女たちを激励し、言葉を交わすようになった。 一方、疲労の極に達し、自尊心を激しく傷つけられた少年たちは一人、また一人と逃亡 してゆき、二年目の半ばには少女たちの三分の一になってしまった。 五年目のある晩、石田は剣術師範の岩瀬を自宅に招いた。秋はすでに深く、虫の声が 庭先から聞こえている。ふたりはどちらともなくため息をついた。 「まったく、どうしたことなんでしょうな。」 「まったくです。」 「残っている男の子は十人です。」 「しかもまったく女の子に太刀打ちできない。」 石田は頭を振った。 「最初のうちは、このようなことは一時のことだろうと思っておりました。そのうち男 の子の方が強くなるだろうし、そうなれば逃げ出した男の子達を呼び戻して、もう一遍 鍛え直せばよかろうと思っておったのです。しかし、それはどうも違うようだ。厳しく 鍛えれば鍛えるほど、男の子は潰れてしまい、女の子はどんどん強くなっていく。あの 子たちがどれくらい強いか、わしも侍だからよくわかる。わしは龍には勝てん。剣術で も、組み打ちでも、到底勝てん。実際のところ、龍だけではない。虎にも、鷹にも勝て まい。」 岩瀬はうなずいた。 「わたしはまだ龍に負けません。しかし、勝つことも、もうできません。あと半年もす れば、負けるようになるでしょう。家中で剣術師範を務めている私が、十五の娘に負け るのです。虎や、鷹や、そのほかの女の子たちも、一、二年のうちに私を負かすように なるでしょう。」 石田は、自分でも意味の分からない恐怖にかられていた。岩瀬も同じ感情を抱いてい ることは明らかだった。あの馬鹿の柴田も、忍者隊の状況は耳に入れて知っているはず だ。あいつは今でも金玉云々と言っているのだろうか。 「しかし、不甲斐ない男の子たちを嘆くのは、今日が最後でしょうな。」 石田は、静かにうなずいた。その夜、ゆめの命令による特殊演習が行われていた。新 之丞を隊長とする少年たち十人が、夜明け前に、龍たち十人の女忍者が眠る小屋に夜襲 をかけるのである。この演習計画は女忍者たちには全く知らされていない。 石田と岩瀬は、そこで何が起きるかをはっきりと知っていた。女忍者たちはもちろん、 眠る時にも剣を抱いて眠る。少年たちは全員斬られるはずだった。 新之丞は真剣を携えていた。新之丞に与えられた命令には、木刀を使用するようにと は述べられていなかったからである。この五年間というもの、新之丞は毎日のように女 たちに徹底的に叩きのめされ、組み伏せられ、殴られ続けてきた。今日こそはこの恨み を晴らすことができるのである。女たちとの力の差は今では歴然としており、まともに 闘ってはまったく勝ち目はないが、今ならばできる。新之丞の心には、男としての最後 の自尊心が燃え上がった。龍たち十人を斬ったとしても、次の日には残りの女たちの襲 撃を受け、自分たちは全員斬られるだろう。しかしもうそんなことはどうでもよかった。 それに、うまくすれば美濃か伊勢にでも逃げることができるかもしれない。いずれにせ よ、今夜、おれは龍を斬る。 新之丞ら十人は闇夜の道を走り続けた。龍たちの小屋の付近でいったん呼吸を整え、 音を立てないように小屋を取り巻く。見張りはいない。入り口は二つ。少年のうち二人 は屋根から天井裏に忍び込んだ。残りは表口と裏口から突入する。 闇の中で、少年たちの呼吸が荒くなっているのが聞こえる。新之丞は突入の命令を下 した。 「入れっ。」 少年たちは扉を破り、一斉に乱入した。二人の少年は天井裏から飛び降りる。暗闇の 中、少年たちは床のここかしこをめった突きするが、手応えがない。新之丞の脳裏に、 いやな予感がかすめた。 「いかん。逃げろっ。」 全員、とっさに表口から逃げ出した。 表口の十間先に立っていたのは、龍たち五人の女忍者だった。 少年たちは裏口へ回ろうとしたが、振り返るとそこには虎と鷹がすでに刀を抜いて構 えていた。虎と鷹は少しづつ間をつめてくる。少年たちはじりじりと小屋の外に追われ た。外に出ると、残りの女忍者たちがさっと新之丞たち十人を囲んだ。 「危ないところだった。」と、龍は言った。女忍者たちは皆、裸に近い格好である。見 つかっていたのだ、と、新之丞は思った。冷たいものが股間に走り、やがて生暖かいも のが両脚をつたって流れ落ちた。少年たちのまわりに一斉に小便のにおいが立ち上がっ た。十人の少年たちの膝ががくがくと鳴る音が闇の中に響いた。 女忍者たちは無言で新之丞たちを取り囲んでいる。 夜は明けはじめていた。女忍者たちの白い体が、次第にはっきりと浮き出してきてい る。女たちは新之丞らを取り囲んで、刀を手にしたまま静かに立っている。鍛えぬかれ た筋肉が無言で少年たちを威圧する。やがて、龍がゆっくりと歩み寄りながら、刀を振 りかぶった。おびえた少年たちは一斉に刀を取り落とし、逃げようとしたが、足がもつ れて逃げられない。皆地面にしりもちをついて、もがきながら後じさりをする。龍はど んどん間をつめてくる。龍の刀に朝日の最初の燦きが映った。それが少年たちの最後に 目にしたものだった。 また数年が経った。この間に信秀が死に、子の信長が織田家を継いだ。石田景親も病 死し、女忍者隊は今ではゆめの指揮下にあった。 ほぼ十年にわたる訓練によって、女たちはすでに戦国最強の戦士団となっていた。最 近の訓練は、家中の男侍五人が女忍者ひとりと闘うというものだったが、この訓練の開 始後半年あまりで、五人ではとうてい勝てなくなってしまった。おびえる男侍たちを女 忍者が次々に叩きのめす様子をみて、ゆめはいつも満足の微笑みをもらすのだった。 ゆめがやってくると、龍はいつも、何か息苦しいような不思議な感覚を覚えるのが常 だった。ゆめの護衛役として馬で付き従う時には、ゆめの背中に見とれて落馬しそうに なることもあった。ゆめが優しい微笑みを向ける時には、赤くなって目をそらしてしま うことさえあった。龍のそんな仕種を、ゆめはおかしそうに笑ったが、龍の方では少し もおかしくなかった。 女忍者たちは男色を固く禁じられていたため、多くは隊内の女忍者同士で交わりを結 んでいた。龍にも二、三の同僚を抱いたことはあったが、どんなに逞しい女を抱いてい ても、心にあるのはいつもゆめの姿だった。龍はほとんど頭二つ分ゆめよりも大きく、 目方は倍もあったが、ゆめには主人としての犯すべからざる威厳があった。ゆめの前で は、龍はいつも、自分が身体の下の方からとろけてしまうような気がした。もしもゆめ に抱かれたら、龍は本当に溶けてしまったかもしれない。 龍がゆめへの想いを胸に育んでいたその頃、駿河の今川義元の軍勢二万五千が国境を 越えて尾張へ進んでくるという情報が清洲の城に伝えられた。城下は合戦の準備に走る 侍たちと逃げる町人たちで蜂の巣をつついたような騒ぎになった。 城内では連日重臣たちの軍議が行われていた。十倍近い敵である。重臣たちは皆色を 失っていた。戦好きの柴田勝家でさえ、篭城戦を主張していた。 「二倍の敵ならどうにかなるが、十倍では到底勝てん。ここは今川の根が尽きるまで篭 城するしかないわ。」 「しかしそれならむしろ、今川と和睦するのがいいのではないか」 「いや、和睦したところで、領地を取り上げられて殺されるのが関の山だ。それなら篭 城して時間を稼ぐのがよっぽどええ。」信長は家臣たちの議論を黙って聞いていたが、 衆議が篭城に一決しようとした瞬間、柴田に向かって言った。 「篭城して勝てるのか。」 柴田は言葉に詰まった。篭城して救援に来る軍勢があるわけではない。食糧が尽きた ところで死ぬより他はないのだ。 「篭城して勝てるのか。」 信長は再度問うた。誰一人として答えるものはない。信長は短く言い放った。 「明日の夕刻、出陣する。用意をいたしておけ。」 信長はそのまま席を立った。群臣たちはお互いに顔を見合わせていたが、やがて、ど うやら死に場所が定まったなという表情でゆっくりと立ち上がった。信長には、勝算が ないわけではなかった。無論、正面から戦いを挑んではまったく勝ち目はない。奇襲、 それが信長の頭にある唯一の策だった。そして信長は、石田景親が育てた女忍者たちの 実力を正確に把握していた。叔母上も、出陣を拒むはずはあるまい、と信長は思った。 その日は昼過ぎから大雨になった。今川義元は軍勢を停め、野営の準備をするよう命 じた。先鋒はすでに鳴海の砦を落としている。早ければ明日にでも、清洲の城を囲める だろう。今日はゆっくりと兵を休めるのがよいだろう、と、義元は考えたのである。 あまり広くもない草原に、天幕がぎっしりと張りつめられた。義元は民家を空けさせ て自分の宿所にした。家の主人に土地の名を聞くと、桶狭間だという。あまり縁起のよ い名前ではないが、構うまい。敵は弱小、もし奇襲をかけてきたとしてもこれだけの軍 勢なら食い止められるだろう。 同じ頃、清洲の城の大手門が開かれ、信長の軍勢が桶狭間へと出発した。総勢五百騎 に過ぎない。そのうち百騎は女忍者隊だった。全速力で東南の方角へ走る。敵は鳴海か ら桶狭間まで東西に長く伸びている。女忍者隊は北から、信長の率いる男侍たちは南か ら桶狭間を襲う手はずになっていた。熱田の森で軍勢は二手に分かれた。 桶狭間の北の低い丘の麓で、ゆめは軍勢を停めた。雨は降り続いている。ゆめは馬か ら下り、自ら丘に上がって義元の本陣を見た。程遠からぬ所に民家があり、灯火が見え ている。義元はあの家の中にいるに相違ない。馬であそこまで突っ走れば、義元には逃 げ出すひまもあるまい。まず義元を斬る。ゆめは本陣の軍勢を約三千と見た。南の丘に 信長の軍勢の姿を探したが、すでに夕闇が迫っており、見定めることができない。信長 を待っていれば、今川方に見つかり、攻撃の機を失うかもしれない。ゆめは、女忍者隊 だけで襲撃することにした。 雨の中、百騎の女忍者は丘に上がった。 「ゆけっ。」 ゆめの号令一下、義元の本陣めがけて百騎が突撃した。なだらかな斜面を一気に走り 抜け、天幕を飛び越えて義元の宿所をへ殺到した。先頭を走ってゆくのは龍、そして小 柄な虎が続いている。驚いて飛び出してくる今川の兵を鷹の大槍が容赦なく突き殺して いる。宿所の前で見張りをしていた足軽は、あまりに突然の襲撃に声を失い、目をうつ ろに開いて立ちすくんでいる。龍は馬上から足軽を一撃で突き殺し、扉を蹴倒して中に 入った。 「何者。」 龍は名乗らず、あっという間に三人の番兵を斬った。龍の後に十人ほどの女たちが宿 所になだれ込んだ。宿所の中に男たちの悲鳴が充満した。龍は奥へと進んだ。義元はど こだ。物置を開いたが、そこにいたのは震えている小姓たちが五人ばかりで、義元の姿 はない。龍は先へ進んだ。 義元は一番奥の部屋にいた。襲撃の気配を察してとっさに逃げようとしたが、裏口か らも敵がなだれ込んできたので逃げられず、奥の部屋の暗がりで小姓と抱き合って震え ていたのだ。そこへ三人の女忍者たちが駆け込んできた。龍は部屋の隅に人の影を認め、 松明を掲げた。 「今川殿。お命を頂戴しに参った。」 義元と小姓はその声を聞いて驚いた。何だ女ではないか。小姓は刀を取って立ち上が った。 「無礼なっ。」 しかし刀を振りかぶる前に小姓は袈裟懸けに斬られていた。義元は自ら刀を取ったが、 斬り合いの心構えなど、できているはずもない。いあああ、と声を挙げて龍めがけて二、 三歩どたどた進んだが、間合いに入った瞬間、冷たい刃がさっと風を切り、義元の身体 を分断した。義元には何が起こったのがよく理解できなかったが、斬られたことに気づ くよりも前に、意識が暗くなっていった。 龍は宿所の外に出た。天幕の大方は切り裂かれ、男たちの死体が至る所に転がってい た。三千の兵はほとんど逃げたようだったが、逃げずに抵抗してくる男たちは次々に斬 られていた。龍がゆめのもとへ走り、義元を斬ったことを伝えると、ゆめは伝令を走ら せて退却を命じた。 女たちは手近な馬にまたがり、あるものは今川方の馬を奪って、波が引くように退却 した。今川方にはもう、弓を射かける気力もない。残されたのは死体と、天幕の残骸だ けだった。 北の丘を越えて半時ほど退いた時に、ゆめは全員の点呼をとらせた。女忍者隊は全員 生還していた。流れ矢に当たって負傷したものが数人いたが、どれも深手ではない。そ のまま清洲の城に引き揚げた。 後日明らかになったところでは、信長自らが率いる四百の兵は桶狭間近くの泥田には まり、戦場に着いた時にはすでに戦は終わった後だったということだった。信長は、彼 にしては珍しくひどく恥ずかしそうに帰ってきた。桶狭間で拾ってきたらしく、義元の 首をもって入城してきたが、ゆめはそのことについては何も触れなかった。 桶狭間の戦いからしばらくの後、今度は北の美濃で変事が起こった。信長の義父、斎 藤道三が、息子の龍興に殺されたのである。信長は即座に兵を起こし、美濃に侵攻した。 龍興は、稲葉山の城に篭もって信長を迎え撃つ。稲葉山は険しく切り立った山で、攻 めるのは容易ではない。何度も攻撃をかけたが、そのたび山上から矢の雨を浴びせられ、 退却を余儀なくされていた。信長は焦りはじめていた。石村の夕霧城に拠る遠山景等が、 戦の状況次第によっては龍興に援軍を出す気配を見せていたからである。信長は再び、 ゆめに使いを走らせた。 女忍者隊は濃尾平野を全速力で北に向かい、信長の使者が清洲に着いたその日のうち に稲葉山の麓に到着した。 稲葉山に到着すると、ゆめは直接信長の本陣に馬を乗り付けた。 「なかなか落ちないようですね。」 「かなり攻めてはいるのですが、山が険しいのでなかなか進みません。叔母上には何か よい策がおありですか。」 信長はゆめに対しては謙虚である。 「見たところ、稲葉山の城は正面から攻めるには難しそうです。城の裏側は山に連なっ ているようですが、この面の守りは手薄なのではありませんか。」 「そうです。しかし、裏山には道もなく、険しい崖もあって、普通の兵を送り込むこと はできないのです。」 ゆめはうなずき、そのまま女忍者たちのもとへもどった。今夜のうちに裏山に潜入し、 明日の早朝、城の搦め手を破る。ゆめは女忍者たちに命じ、目立たないように三々五々 裏山に潜入させた。 その日の夜、女忍者隊は裏山に終結した。城の搦め手はゆめたちの潜んでいる場所よ りも少し低い所にあるが、そこにたどりつくには一旦谷を下り、崖をはい登らなければ ならない。木下藤吉郎という若い男と野武士たちがついて来ていたが、ゆめはこの男た ちをを帰すことにした。男にはとてもついて来られないと判断したからである。木下に は簡単に、明日の日の出と同時に正面からも攻撃にかかるように信長に伝えよと命令し た。 深夜、ゆめたちは行動に移った。崖の一部分は城から死角になっている。月明かりの 下、百人の女たちは崖をよじ登った。崖の上には数人の番兵がいたが、まさかこの崖を この時刻によじ登ってくる者がいようとは予想もしていない。先頭の龍が崖の上に頭だ けを出して様子を伺うと、車座になってなにやら話をしている。龍はそっと這い上がっ て草むらの中に隠れた。番兵は四人いる。龍はあと三人の女を崖の上に登らせ、残りは しばらく待機させた。 四人の女は這い進み、それぞれ番兵の後ろについた。男たちは四方山話に夢中になっ ていて気づかない。女たちは龍の合図で一斉に襲いかかった。 女たちは全員同時に後ろから番兵たちの口をふさぎ、喉を掻き切った。男たちは女た ちの腕の中で、声も立てずに崩れ落ちた。 女たちは続々と崖の上に登ってくる。全員が集結すると、ゆめは二十人の女忍者に搦 め手の攻略を命じた。 搦め手は閉じられており、門の前には二人の番兵がいた。木立の中から伺うと、番兵 はしきりにあくびをし、門内の兵と話をしている。前と同じように、二人の女が接近し、 口をふさいだ。門の中では、外の番兵からの返事がなくなったのでしきりに名を呼んで いる。やがて、門が開いた。 「どうかしたのか」と、その男が言いおわる前に、女たちは門内になだれ込んだ。十人 ほどの兵がたむろしていたが、女たちは一瞬の間に全員切り捨てた。残りの女たちが門 内に入ってくる。ゆめは裏門に火を放たせ、大手門に向かうよう女たちに命じた。 夜明けは近い。そろそろ信長も動き出しているはずだ。百人の女忍者たちは全速で大 手門に走った。城内では、変事に気づいてあわただしく走り回っている音が聞こえる。 石垣の角を曲がると、大手門が見えた。女たちは龍を先頭にして一団となって番兵たち に斬り込んだ。 龍も虎も鷹も他の女たちも、斬って斬って斬りまくった。番兵たちはなかなか勇敢に 応戦したが、相手は鍛えぬかれた女たちである。男たちが刀で一撃する間に、女たちの 刀は優に二回半回転した。やがて女たちの一人が門に取り付き、大手門を開いた。はる か下に、信長の軍勢が登ってくるのが見える。ゆめが振り向くと、大手門の番兵はすで に全滅し、女たちは低い石垣によじ登り、城になだれ込もうとしている。あちこちで火 が放たれ、煙がもうもうとしている。城はもう陥ちたも同然である。信長の先鋒が大手 門に入った。ゆめは、後のことは男たちに任せることにして、女忍者たちに退却を命じ た。 裏門から、来た道をたどって帰ってゆく。天守閣から煙が上がっている。ゆめはその まま、信長には会わずに清洲へ帰った。 西美濃は信長のものとなった。この情勢を見て、東美濃の遠山景等は信長に接近し、 自ら信長の臣下となることを請うた。信長はこれを許したが、ただ単にああそうかとい って許したわけではない。 東美濃は、天竜川の谷をひとつ隔てて南信濃に面している。南信濃はすでに武田氏の 支配下になっていた。そして、武田の配下である秋山春近が、遠山氏の拠る石村夕霧城 を虎視耽々と狙っていたのである。信長としては、いつ寝返るか分からぬ遠山では、と ても信用が置けなかった。誰か、信用できる奴を送り込む必要がある。夕霧城さえ押さ え、武田の侵攻を食い止めておけば、尾張以西の諸国には思いのままに攻め込むことが できる。北の上杉は山に遮られて直接織田領には攻め込めず、ぐるりと西回りでやって 来るしかない。十年あれば、播磨あたりまでは手に入れることができるだろう。そうな れば武田など、大軍を送り込んでひとひねりにできる。だから、夕霧城だけはどうして も押さえなければならない。 信長は考えに考え抜いた挙げ句、奇策に思い至った。ゆめに女忍者隊をつけて、遠山 に嫁入りさせるのである。もっとも問題は、ゆめがうんと言うかである。 信長はある日、ゆめのもとを訪れた。心地よい秋の日だった。やわらかな日差しが、 屋敷の広間に差し込んでいる。信長が広間に入ると、ゆめは龍と話をしながら待ってい た。信長は座につき、龍は廊下に出た。 信長は若干のためらいを見せながら、しかし単刀直入に言った。 「叔母上、嫁入りする気はありませんか。」 ゆめは微笑んだ。実は、ゆめもこのことを予想していたのである。 「相手は石村の遠山どのですね。」 信長は内心の驚きを隠しつつ答えた。 「さようです。」 ゆめは一度、信長のもとを訪れた遠山景等に会ったことがあった。ゆめよりも十歳は 若い、華奢で小柄な美男子である。別に構うまい、とゆめは思った。 「忍者たちも連れて行くのですね。」 「はい。しかし、皆連れていってしまわれると困ります。半分は残していって頂きまし ょう。」 「わかりました。また面白い戦ができそうですね。」 信長は舌を巻いた。ゆめは何でも知っているのだ。 婚礼の輿が東に向かう。女忍者たちは表向き侍女として付き従っていた。いくつもの 峠を越え、山深い石村の城下に入った時には、すでに紅葉の季節に入っていた。恵那の 山々は色とりどりに彩られ、そのかなたに、雪を頂いた山々が見えている。しかし、あ の山の麓に蕃居しているのは、敵の秋山春近だった。 婚礼の儀はとどこおりなく行われた。ゆめが景等と杯を交わした時、龍は必死で自分 の感情と闘っていた。龍には、ゆめと景等を直視することができなかった。熱い波が身 体の下の方から沸き上がり、胃のあたりで渦を巻いて上へと昇って来ていた。全身がほ てって熱かった。龍は耐えた。涙があふれ出るのを意志の力で押さえた。婚礼の儀は馬 鹿馬鹿しく長いように感じられた。実際には半時にも満たなかったのだが。 その日から、龍はゆめと景等の寝所に侍した。夫妻は寝所の蚊帳の中で寝る。龍は蚊 帳の外で警護に当たるのである。 女と男の交わりがどのようなものであるか、龍にはあまりうまく想像できなかった。 龍が今まで抱いてきた女たちは、いずれも屈強な忍者たちだった。女同士の交わりは、 岩のような筋肉がぶつかり合い、汗がほとばしる激しいものだった。互いに唇を貪り合 い、腕を、脚を強く絡ませ合い、股間を激しく擦り合い、爆発するような絶頂に達する ものだった。しかし、女と男の交わりは、それとは幾分違ったものであるはずだった。 初夜が訪れた。ゆめは先刻からすでに床に入っている。景等が入って来ると、ゆめは 床から出て立ち上がった。ゆめと景等は立ったままお互いを眺めている。ゆめは景等よ りもいくらか背が高かった。 突然、ゆめは景等の頬を平手で打った。 「な、何をするっ。」 景等は床の上にしりもちをついて叫んだ。ゆめは景等の狼狽に構わず、景等にのしか かってゆく。 「何だこれはっ。話が、違うではないか。」 龍にはなぜ話が違うのかわからない。ゆめにも、わかっていなかったかもしれない。 「違いませぬ。もとよりお覚悟の上でのことではありませぬか」 ゆめは景等の上に馬乗りになり、もがく景等を二、三発拳で殴り付けた。景等の抵抗 がやむと、ゆめは景等に顔を近づけ、唇を強く吸った。ひとしきり唇を吸いおわると、 ゆめの手が景等の股間に伸び、景等の男根をわしづかみにした。 「痛っ。」 景等は身体をよじったが、ゆめは意に介さず、男根を握り締める。それはゆめの掌の 中で見る間に大きくなっていった。影等は股間をがっしりと押さえられて身動きができ ない。 「なかなかお見事。」 ゆめは嘲るようにそう言いながら、景等の男根を激しくしごき上げた。ゆめは景等を 横抱きにし、舌で景等の首筋を責めている。景等はあっという間に果てた。 ゆめは枕元の小刀を取った。景等は目をとじてぐったりとうつぶせている。その景等 の尻に、小刀の柄を当てた。 小刀の柄は意外に簡単にずぶずぶと景等の尻に入っていった。 「緩いではありませんか。なかなか使い込んでおいでですこと。」 ゆめはゆっくりと小刀を動かした。奥の敏感な部分に柄が当たるたびに、景等が小さ く声を挙げる。ゆめは小刀の刀身をまたいでひざ立ちになり、景等を後ろから突く。景 等がだんだん高まってゆくのは、声でわかった。ゆめは敏感な部分を狙って集中的に突 き、景等は甘える猫のような声を出していやいやをしている。往復の速度が次第に速く なると、声が次第に高くなった。 「あっ...あっ..あっ..あっ.あっあっあっあっあっあああああああっ。」 景等はふたたび果てた。ゆめは刀を景等の尻から抜き、蚊帳の外に投げ捨て、景等を 抱き寄せた。景等は快感にぐったりとしている。ゆめはもう一度景等の男根を握った。 しごき上げると、またすぐに回復した。ゆめは今度はその上にまたがり、男根の先を股 間に当てて突きおろした。激しく揺さぶりをかけ、がんがんと突きおろす。ゆめの呼吸 も次第に荒くなっていった。 蚊帳の外で、龍は警護の職務を忘れて女と男の交わりに見入っていた。ゆめが景等を 抱きしめるたびに、不思議な後悔の念が龍の脳裏をよぎった。どうして男に生まれてこ なかったのだろう。男に生まれてきていたならば、景等のかわりにゆめに抱かれること もできたはずなのに。男に生まれてきていたならば、ゆめに唇を吸われることもできた はずなのに。龍は自分が男になったところを想像してみた。自分の股間に男根が生えて いるところを想像してみた。そして、ゆめが自分の男根をしごき上げているところを想 像してみた。自分がゆめの裸の胸に顔を埋めて、泣いているところを想像してみた。龍 は自分の指が股間に伸びるのを、押さえることができなかった。そこには男根はない。 しかし、龍はそこに男根を想像した。想像上の男根を、想像上のゆめの手がしごき上げ た。肉の合わせ目から暖かい汁があふれでてきた。龍には、想像上の男根を維持してい くのが難しくなった。龍の肉体は、龍には男根がないことを無情に示している。龍は分 裂する思考の中で、激しく運命を呪った。龍の肉体は現実の世界で、ゆめ夫婦の蚊帳の 外で自分の股間を指で激しく擦っている。龍の心は別の世界で、男としてゆめに抱かれ ていた。そのふたつの世界の裂け目で、龍は今まで会ったことのない恐ろしい敵に出会 っていた。龍は、自分がその敵に勝てないことを知っていた。自分は、自分が今まで斬 り殺してきた男たちのように、その敵になぶり殺しにされるのだ。龍は今泣いていた。 龍の前に立った男たちが皆泣いたように。しかし龍にはまた、自分の指の動きを止める こともできなかったのである。 遠山の侍たちははじめ、女忍者隊を単なる侍女だと思い込んでいた。しかし、数日の うちに、男たちは、どれほど恐ろしい女たちがやってきたかを理解した。それには女忍 者たちが力こぶを作って見せ、二、三度刀を振って立ち木を真っ二つに斬って見せれば 十分だった。 遠山景等は婚礼の日から次第に衰弱していき、半年後に過労のため死んだ。遠山家の 侍たちは夜々寝所で何が行われていたかうすうす察してはいたが、何も言い出すことは できなかった。夕霧城の実権はすでに完全にゆめと配下の女たちが掌握していたからで ある。 景等の葬儀からひと月も経たぬある日、南信濃の秋山春近が、伊那谷を越えて進撃し てきたという情報が入った。ゆめはすぐに応戦の態勢を整え、男侍たちを城の防備につ け、女たちを率いて山に入り、秋山の軍を待った。秋山の兵が、狭い谷間の道を進んで きた。切り立った崖の上で、女たちが大きな岩を転がしている。軍列の半分ほどまでが 通過したところで、女たちは一気に岩塊を崖下に突き落とした。岩は地響きを立てて転 がり落ち、軍団を二つに断ち切った。同時に女忍者たちが崖を滑り降りて男たちに襲い かかる。退路を断たれた男たちは遮二無二応戦した。白刃がきらめき、砂塵がもうもう と上がる。敵味方入り乱れて闘うこと半刻、岩の前にあった秋山の兵は全滅した。 いったん退却した秋山は、後詰めの兵を出して再び進んできた。今度は慎重に、崖の あるところではいちいち偵察を出し、岩が落ちてこないか確かめながら進んでくる。ゆ めは秋山の軍の周囲に常に女たちを潜ませておき、偵察の兵をすべて斬ることにした。 偵察の兵を何度出しても誰も帰ってこないようになったので、秋山はあきらめて引き返 す様子をみせた。 女たちは山中を走った。伊那谷への出口で、秋山の軍を待ち伏せするためである。女 たちは秋山より一足先に出口付近に到達し、谷の両側に隠れて待った。疲れ果てた秋山 の軍勢が、よろよろと現れる。女たちは軍勢の半分をやり過ごし、秋山春近が通るのを 待った。秋山の姿が見えると、女たちは木立の陰から一斉に矢を射掛けた。男たちには すでにまったく戦意はない。軍勢の前半分は伊那谷の方角へ我先に逃げた。後ろの方に いた兵は石村の方角に逃げた。秋山の周囲にいた兵は逃げられず、女たちに囲まれた。 ゆめは泣いて命乞いをする男たちを許し、秋山ひとりを捕らえて夕霧城に帰った。 秋山春近は縛られ、ゆめの寝所に転がされている。かなりの大男である。先刻からし きりに涙を流している。縄が身体に食い込んで痛いだけではない。女に率いられた女の 兵に叩きのめされて悔しいのである。ゆめは、そのことをよく知っていた。 「春近どの。ようおいでになられました。」 秋山は返事をしない。 「春近どの。そなたの兵どもは、お弱いのではございませぬか。」 秋山の目に、また涙が浮かんだ。 「春近どの。そなたの兵どもは、皆男でございましたなあ。」 秋山はしゃくりあげるばかりである。 「春近どの。女に負けて、どのようなお気持ちであられるやら。」 秋山は生まれてこの方、男は強いもの、女は弱いものと固く信じて過ごしてきた。男 であることは無上の喜びであり、誇りであった。そして、その男の中でも、自分が特別 に強い男であるということは、彼にとってすでに誇りとか喜びとか言った言葉で言い表 せるようなものではなかった。彼のすべての思考、すべての感情が、その上に築き上げ られていたのである。そして秋山は、それが実は極めて脆いものであることに今日まで 気づいていなかった。しかし今日、その土台が完全に崩壊したのである。ゆめの背後に はいつものように龍が控えている。昼間の戦闘で、秋山は龍と一騎打ちした。秋山の刀 は一撃で撥ね飛ばされ、次の瞬間には地面に組み伏せられていたのである。 「織田の家では、三つの子供でも知っていることです。女と闘えば、男は負けます。そ れは仕方ありません。男は弱いのです。そなたはそのことを、知らなかったのですね。」 秋山の頭の中は、空白状態に近づいていた。彼はゆめの言うままにうなずき、ああ、 ああ、と不明瞭な声を出した。 ゆめは着物の裾を高く捲り上げ、秋山の頭を跨いだ。秋山はほとんど反射的にゆめの 股間の奥を凝視した。ゆめは秋山の顔面に腰を落とした。秋山は身悶えしたが、声を出 すことができない。秋山が口を大きく開いたのを見計らって、ゆめはその口の中に小便 を放出した。秋山は開いた口を閉ざすことができず、小便は喉の奥へと流れ込んでゆく。 秋山は、驚いたことにゆめの小便を一滴も残さず飲み下した。床にはしみひとつ残さ れていない。秋山の表情には、恍惚の色が現れはじめていた。 龍はもうゆめを正視できなかった。毎日毎晩休みなく現れ、龍をさいなみ苦しめる感 情が、いつにもまして激しく荒れ狂ったからである。龍は秋山のかわりに縛られ、秋山 のかわりに小便を飲まされたかった。身体全体が、激しく痙攣し、涙だか鼻水だかよく 分からないものが頬を濡らした。秋山が憎かった。秋山のような男が十人束になってか かってきても、龍は簡単に叩きのめせただろう。実際に秋山は龍の手で組み伏せられ、 縛られて城に連れてこられたのだ。しかし、ゆめに今抱かれているのはその秋山なのだ った。 龍は、その日から病と称して家に閉じこもった。豹という女忍者が龍の身の回りの世 話をした。二人とも無口な女だった。時折、縁側に座って話をした。龍はぽつりぽつり と自分の思いを語った。豹はいつも黙って聞いていた。ある時、豹はぽつりと言った。 「馬鹿馬鹿しいとは思わないか。」 龍には何のことかよく分からなかった。 「何が。」 「全部さ。」 「何の全部だ。」 豹はしばらく考えていたが、やがて龍に問い返した。 「今まで何人、人を斬った。」 龍には、答えることができなかった。何人斬ったか覚えている暇などなかったのだ。 「おれもずいぶん男を斬ったよ。でもな、時々、斬られて死んだ男たちの方が、斬り殺 したおれたち女よりもちょっとは幸せだったんじゃないかと思うことがあるな。」 豹は縁側に横になった。龍もその横に寝転がった。暑い日だった。二人はどちらとも なく相手の身体に腕を回しあい、汗に濡れたお互いの身体をそのまま抱いて眠りに落ち た。 秋山との合戦のことは、奇妙に歪んだ形で信長に伝えられた。ゆめが秋山の攻撃に耐 え切れず降参し、秋山の妻になったというのである。信長は、この話を実際には全く信 じていなかったが、ふと、そろそろゆめをお払い箱にしてもよいのではないかと考えた。 女忍者隊の半分はこちら側にある。また、信長は新兵器の鉄砲を大量に入手したところ だった。鉄砲さえあれば、男侍たちでも女に勝てるだろう。信長は兵を発した。 ゆめは、信長がいつか自分を裏切るかもしれないとは考えていたが、武田がまだ健在 の今、それが起こるとは予想していなかった。信長が来るとの噂を耳にすると、城中の 男侍たちはみな逃げてしまった。残るは五十人の女忍者だけである。この城を、いくら 一騎当千の女たちとはいえ、五十人で守れるか。しかも、信長のもとにあるあとの五十 人の女たちが、信長とともにやってきたら、これはいままでの男相手の戦とはわけが違 って来る。ゆめは、敗北を覚悟した。 信長は来た。五百丁の鉄砲と二万の軍勢、それに五十人の女忍者を連れてやってきた。 二万の軍勢も五百丁の鉄砲も怖くはなかった。夜中に斬り込めば、鉄砲など役に立たな い。二万の軍勢も男ばかりなら撃退できるだろう。しかし、女忍者に守られているとあ っては、うかつには斬り込めない。下手をすればこちらの方がやられるだろう。こちら から斬り込まなければ、向こうから斬り込んで来る。ゆめは結局、こちらから斬り込む ことにした。一回だけ斬り込み、失敗したら散り散りに逃げる。深夜、ゆめと女忍者た ちは城を空にし、全員で攻撃に出た。こちらの出撃人数が知れるまでは、敵の女忍者は 全員では出てこないだろう。まず半分は別の方面への攻撃に備えているはずだ。敵の女 一人にこちらは二人であたる。敵が弱い男だけになれば、こちらにも勝機はある。 昼間の偵察で、敵の女忍者は裏門と表門付近の林の中に潜んでいるとの報告がなされ ていた。まず裏門の敵を突く。女たちは裏門へと走った。龍がいる。虎も、鷹も、豹も いる。女たちは次々に塀を越え、林に入った。 闇の中で手裏剣が飛んだ。待ち構えていた敵の女忍者たちが樹上から飛び降りて来る。 不意を衝かれて二、三人の味方が斬られた。木の間から漏れて来る月の光に、女たちの 剣がきらきらと燦めく。林のあちこちで手裏剣が飛んだ。龍も豹も、突いて突いて突き まくった。二対一で敵に向かっているとはいえ、敵も強い。斬られて倒れる女の中に、 味方の声も混じっている。木の陰から急に刀が突き出される。味方の女が腹を刺されて 倒れる。刺した方の女を別の女が斬る。また手裏剣が飛んで来る。手裏剣が龍の頭をか すめる。龍と豹は手裏剣を投げた女に斬りかかり、右左から同時に突いた。女は間一髪、 木の幹の後ろに回り込んで逃れる。別の敵が龍の後ろから斬りかかる。龍は振り向きざ まに襲いかかってきた女を斬る。その間に豹が先程の女と斬り合っている。龍は後ろか ら襲いかかって、その女の腰を真っ二つに斬った。足元から突き出された刀に腿を刺さ れ、虎が倒れた。倒れざまに虎はその女の胸を刺した。どこからか放たれた手裏剣が虎 の首に刺さった。虎の首から血しぶきが上がった。 敵が退却を始める。残った敵は五人ほどと見えた。林を出てすぐさま裏門に走る。表 門の敵はおそらくすでに城内を裏門に向かっているはずだ。ゆめは走りながら味方の数 を数えた。四十二人。十人近く斬られている。 果たして、敵の女忍者たちが現れた。先程林から逃げた女たちはすでに表門隊に合流 しているのであろう。敵の数はざっと三十人。手裏剣が飛ぶ中、敵と味方が全速でぶつ かり合う。鷹が先頭を切って走っている。敵の先頭の女も大刀を振りかぶって走って来 る。さっとすれ違ったと見る間に、敵の女は倒れ、鷹は次の女とすでに切り結んでいる。 その向こうでは龍が物干竿のような大刀を振りかざして暴れまくっている。手裏剣が縦 横に飛び交い、女たちが渾身の力を込めて打ち合う力に、鋼鉄の刃が戦場のあちこちで 折れ飛んだ。敵味方の血しぶきが霧となって立ちのぼっている。 半時ほど斬り合ったところで、敵味方それぞれ二十人ほどが斬られた。敵は十人、味 方は二十人ほどである。味方は次第に敵を取り囲む態勢に入った。敵は完全に包囲され たが、さすがに女だけあって小便を漏らして震えている者はいない。包囲されたと見る 間に、全員合図に合わせて一斉に表門の方角へ駆け出した。囲みが破れる。味方の女た ちが後を追う。先頭の数人は逃げ切ったが、あとの女たちはふたたび囲まれ、次々に斬 られた。 残った味方の女は二十三人。逃げた女は三、四人。攻撃は成功したものの、二十三人 ではいくら相手が男とはいえ、二万の軍勢を相手にすることはできない。おそらく織田 の兵はすでに陣立てを整えているだろう。しかも夜明けは近い。この人数では城を守る こともできない。ゆめは、全員で斬り込んで血路を開き、囲みを破ったあとは散り散り に逃げるように命じた。 東の空が白みがかっている。急がねばならない。長く曲折の多い坂を一団となって風 のように駆け下りる。目前に織田勢の鉄砲隊が待ち構えている。女たちは構わず突進し た。 五百丁の鉄砲が一斉に火を吹き、耳がつぶれんばかりの轟音が響いた。同時に女たち の半分以上が倒れたが、残りの女たちはそのまま鉄砲隊に斬り込んだ。 鉄砲隊の無防備な男たちは、女たちに豆腐のように斬られた。五百人の男たちが見る 間に全滅する。残った女忍者はゆめをいれて九人。龍と豹はそのなかに入っていたが、 鷹は鉄砲にやられて倒れてしまっている。織田勢の右翼は手薄だった。九人の女たちは 右翼に斬り込んだ。男たちは恐れて道を開く。女たちの刀は正確な機械のように回転し、 立ちふさがる男たちを切り刻んだ。 先頭の龍が織田の陣を縦貫した。振り向くと、九人全員が囲みを破って出てきたとこ ろだった。その時、後ろから一斉に矢が放たれた。 首の後ろにどすっという衝撃を受けて、ゆめはうつ伏せに倒れた。 龍が後ろを振り向くと、ゆめがいない。引き返してみると、首の後ろに矢を受けて倒 れている。即死だった。振り返ると、残りの女たちはどうやら敵の矢を逃れて走り去っ たようだ。龍は帯を解き、ゆめの死体を自分の背中にくくりつけ、織田の陣地に走った。 後ろから走って来る奴がいる。斬ろうと思って振り向くと、豹だった。豹はにやりと 笑って龍を追い越し、振り向きざまに言った。 「龍、今日は何人斬った。」 龍は大声で笑い、二人で笑いながら男たちの陣地に斬り込んだ。手応えのない男たち を斬って斬って斬りまくる。しきりに矢が飛んで来る。そのうちの一本が豹に刺さった。 「豹。」 振り向く龍の後ろから矢が放たれる。どすっという衝撃を脇腹に受けて、龍は倒れた。 二本目の矢が腹に刺さる。 龍は、立ち上がった。よろよろと刀を振りかぶると、周りを囲んでいた男たちがさっ と間をあける。三本目の矢が腿に刺さった。龍は再び地面に倒れた。弓をもった男たち が次第に近寄って来る。四本目、五本目、六本目の矢が命中する。 龍はそれでも立ち上がった。しかし、胸にさらに三本の矢を受け、また倒れる。男た ちのひとりが、おそるおそる近寄ってきて刀を振りかぶった。龍には、すでにそれを逃 れる術はなかった。冷たい風が首のあたりを走った。龍は背中に負ったゆめに話しかけ ようとしたが、もう声を出すことができなかった。